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taken by yonekura junshi

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ツバル 〜1日目〜

朝一の便でツバルへ。

睡眠不足の飛行機搭乗で気分は最悪。
飛行機の中で、前の席に座っていたちびっ子が僕に向かって唾を吐くという不測の事態も含めて。

まぁ、ツバル旅はそんな感じでスタート。

ツバル到着後、ホームステイ先を探すために休む間もなく散策スタート。
気の向くままに島をブラブラ。

僕は島の中心側ではなく端に向かって歩いていたらしく、右を見ても海、左を見ても海。
地図にあるとおりやたらと細長い島だ。

潮の香りと、家畜のにおい。

海岸浸食によって傾いているココナッツの木を横目に、ひたすらとぶらぶら。

ツバルにあるココナッツの木はフィジー・トンガにあったそれと違って、手が届く高さのとこにたくさんの実をぶら下げていることに少し驚いた。
以前品種改良が行われたという話だった。

島の雰囲気に慣れてきた頃、歩き疲れた僕はとりあえず近くのベンチに座ってる人に話しかけてみることに。

「英語しゃべれますか?ホームステイさせてくれる人捜してるんですけど、誰か知り合いでそういう人いませんか?」
「まぁ、とりあえず座れよ。日本人か?」
「日本人。ツバルはホテルも高いし、ついでに個人的にローカルな文化に興味があるからホームステイしたい。食料だけはフィジーから買ってきた。米8キロとその他少々。」

その後、ツバルについての雑談を数分。

「親父に頼んでみるから、ちょっと待ってて。」
「ありがと。」

数分後、

「ウチに泊まっていいよ。あと、予定がないなら来週船がでるから、それでここら一帯の島を回ってくるのもいいんじゃないか?」
「いいね。今回はそうしよっかな。」

その後その家にいってみると、やたら豪華な家。
かなりでかい薄型液晶のテレビ、ピカピカなタイル張りの床、高そうなソファー、お風呂付のシャワールーム、洗濯機、オーブン、電子レンジ、二台の車に一台のトラック、二台の単車と二台の自転車、ボート、そして庭には建築中のホテル。

「仕事何してるんですか?」
「医者やってた。今はツバルの文部大臣だ。息子は二人とも船の船長。」

今回はこの家庭から、ツバルの生活を。

2011/2/10

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ツバル 〜2日目〜


朝、僕のサンダルがなくなっていた。
おそらく犬がくわえてどこかに持っていったのだろう。
フィジーでも同じようなことがよくあった。

朝食にパンを食べて、コーヒーを飲んだ。
昨日からまるで日本にいるような生活をしている。

どうして僕は日本での生活をあんなにも忙しく感じていたのだろう。
世界中どこで過ごそうが、一日の長さは同じはずなのに。
仕事をしていたとはいえ、それだけですむことではないような気がする。

裸足になって地球を歩くことで感じることがたくさん。
靴の感触でもなく、サンダルの感触でもなく。

ただ、さすがにフィジーよりもさらに赤道に近づいただけのことはある。
原っぱならまだしもアスファルトの道路となると、靴を履かないと歩くのも大変。
足の裏が溶けそう。

昼ご飯を食べた後、最近運動不足だったので島の先端から逆の先端まで走ることに。
だいたい12kmくらい。

中心部はそうでもないが、島の大部分は右を見ても左を見ても海。
そして、ずっと平らな道が続く。
さすがに今世紀半ばに沈む島と表現されているだけのことはある。

自分の足で走ったり歩いたりすると、本当の意味での島の広さがわかる気がする。

車を使うのとは違う、船を使うのとも違う。
きっとそれは、ずっと昔この島に生活していた人々が感じていた島の大きさ。

島の真ん中の方には、建設中の建物がいくつか。
島の誰かがビジネスのために建ててるホテルやレストラン、ツバルの離島から都会の生活を求めてやってきた人たちの新しい家。
そして、島の先端近くはゴミの山。
今一緒に住んでいる家の子供が、そこをゴミの街と呼んでいた。

自分の足で歩いて、そこに住む人々と直接話をすると、ツバルという国が、被害者であり加害者でもあるということがよくわかる。

ゴミ山についた時点で道は途切れてしまったので、海岸に沿って歩くことに。

先に歩いたラグーン側は穏やかな波がきれいな白い砂浜を形成していた。
けど、ぐるっとゴミ山を回って歩いた大海側は、荒々しい波が険しい海岸線を形成していた。

穏やかな人々の暮らしと、大きな波がこの島を襲ったらその日にでも人々が住むことができなくなるであろう危うさ。
そんな二つの顔をもつ島だ。

トンガで4キロも増えた体で一ヶ月ぶりの運動。
少し走りすぎた。

けどたった半日、自分の足を使って島を縦断したことでわかったことがたくさん。
いくら小さな島国だといっても、たくさんの価値観をもつ人々が生きてる。

ある人は本島以外のさらに田舎の島での生活を好み、またある人は便利なモノで溢れる都会の暮らしにあこがれる。

どちらの暮らしにも、有利な点、不利な点がある。
そのメリットをどれだけ愛せて、そのデメリットをどれだけ許せるか。
それがバランスよく存在する場所が、人それぞれの自分にふさわしい場所なのかもしれない。


2011/2/11

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ツバル 〜3日目〜


朝、サンダルが戻ってきていた。
今回は犬じゃなくて、家の誰かが借りていっただけだったのかもしれない。

そういえば、この島の犬はフィジーやトンガの犬のようにやたらと吠えない。
舐めることはあっても、噛みつくことはない。
ツバルを気に入った理由の一つ。

そして、ありえないくらい安全な国だということ。
ツバル人曰く、
「夜中に出歩いてても、お前に触れるのは長く伸びた雑草だけだ。それと潮風と。」
ほんとにそんな感じ。
赤ちゃんが道の端のござの上でひとりきりで眠っていることさえある。
車もバイクもやたら安全運転。

国の首都がこれだけ安全なら,ツバル離島はなおさらそうなのだろう。

話は変わるが、僕のツバルでの呼び名はフィアフィア。
日本人名は覚えにくいということで、家のおっちゃんが初日に名付けてくれた。
ツバル語で「幸せ」という意味だ。
つまり自己紹介する度に、「私は幸せです。」と僕はいっている。
まぁ、そんなに悪い名前ではない。
これもまた気に入った。

ふとした瞬間にツバル人に日本人的な部分を感じることがある。
この国を気に入る日本人は案外多いのではないだろうかと、勝手に推測する。
まぁ、ここまで足を運べばの話。


2011/2/12

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ツバル 〜5日目〜


今日は朝から船の予約に。
今週、ツバルに属する他の離島を3つほど回る。
海の状況によっては、大潮の日に戻ってこれないかもしれない。
まぁ、もしそうなったらそうなったで。

この家の生活がツバルの普通の人々の生活なのかどうかはわからないが、他のオセアニア地域でのホームステイ生活が庶民的だったため、たまにびっくりすることがある。

キッチンにあるオーブンでピザを焼いていたり、食後にトリプルのアイスクリームがでてきたり。
日本でならわからなくもないが…

ツバルに来る前、トンガで一ヶ月間毎日芋ばかり食べていたので、食文化に関して余計にギャップを感じる僕です。

2011/2/14

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ツバル 〜6日目〜



今日の夕方でると聞いていた貨物船は、明日の朝でることに。
時間通りに物事が進まないことにもだいぶ慣れた。

2011/2/15

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ツバル 〜7日目〜

今日から、三日間ヌクフェタウ島・バイトゥプ島・ヌイ島、ツバルに属する三つの島を貨物船で回る。
午前八時半、家のおじちゃんに船乗り場まで車で送ってもらった。

九時出航と聞いていたが、出発したのは二時過ぎ。
そして、最初に向かうヌクフェタウには六時間かかると聞いていたが、実際かかった時間は十八時間。笑
まぁ、貨物船だから仕方がないっちゃ仕方がないが、さすがにもう少しまともな時間を知らせてほしい気もする。

太平洋の荒波の中で長時間の乗船、燃料の嫌なにおいとライスに缶詰がのっかっただけの船内食。
さすがに酔った。久々に。
船旅一日目にして四回吐いた。
胃の中のモノ全部海に直接吐いた。

船旅中の三日間は、消化の良さそうなモノだけを食べることに決めた。
選ぶほど十分な選択肢はないと思うが、どうせ全部吐くなら食べない方がまだマシな気がする。

2011/2/16

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ツバル 〜8日目〜

午前八時頃、ヌクフェタウ島に到着。
天候は曇り、おまけに船酔いのせいで気分は最悪。
体が波のリズムを覚えてしまって、まっすぐ立っていても自然とよたよたする。

正直、船なんか乗らなきゃよかったと本気で思った。
船内では常に海に飛び込んでしまいたいと思うくらい。
けど、船旅を始めてしまったからにはもうどうしようもない。
逃げたくても逃げる方法がないし。

とりあえずボーッとした頭で島をブラブラ。
相変わらず日中はとんでもなく暑い。

ツバルの離島といえど、小さなショップがいくつかある。
実は離島でもインターネットが繋がるし、テレビの電波だってはいってる。

離島のショップで買ったコーラの缶の側面に書かれた「PLEASE RECYCLE」の文字をみて、ツバルの首都フナフチでさえゴミが大量に山積みになっているのに、その離島でリサイクルなんてできるのだろうか。
島にちらほらと散らばった空き缶を蹴飛ばしながら、そんなことをふと思った。

缶ジュース一本一ドル約九十円。
日本人の僕にとってそれを買うことは簡単。
けど、こんな小さな島国の離島にいると、その空き缶を捨てる場所を探すことさえ難しい。
コーラと一緒に買ったオレンジの皮は、道ばたに平気で捨てて歩いていましたが。

船員と村人達が協力して荷物を全部積み替えた後、おそらく午後四時過ぎ、次の島へ。
六時間かかると聞いたが、おそらくまた長くなるのだろうなと思いながら、狭い甲板の上に敷かれたゴザの上で小さく丸くなった。

今回の貨物船での船旅は、暗い時間に移動して昼間の時間帯は島をブラブラすることになりそうだ。

効率はいいように感じるが、船旅になれない僕には少しハードスケジュールかもしれない。
船上の船酔いと日中の暑さとの闘い。

2011/2/17

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ツバル 〜9日目〜

たぶん午前八時頃、バイトゥプ到着。
時計を持たないので正確な時間はよくわからないが、やっぱり六時間では着かなかった。
結局十五時間くらい。

けど、比較的よく眠れたせいか船酔いは少しおさまった。
天気もいいし、海もきれいだし、気持ちよく写真が撮れそうだ。

ツバルの人たちはフィジー・トンガの人々と比べてシャイな人が多い気がする。
道ですれ違う時の挨拶のやりとりも、カメラを向けた時の反応も、フィジー人とツバル人では全然違う。
ツバルの一部の人は目が合いそうになったらうつむいてみたり、カメラを向けたら背中をむけたり。
ちょっとした日本人がよくやりそうなやりとりで、久々に少し懐かしい気分になったりする。
たったの四ヶ月ほどしか日本を離れていないのに、とても長い間日本を離れているように感じるのは、オセアニアのゆっくりとした時間の流れのせいだろうか。

日本の現在の離島の暮らしとここら一帯の離島の暮らしを比べることは難しいが、ツバルの人々もフィジアンと同じように気軽に他人を家庭に招き入れる。
この島を歩いているときも、何か飲んでく?何か食べてく?と、様々なおばちゃんおじちゃんが僕に声をかけてくれた。
その度に、船酔いのせいで後で吐くかもしれないから少しだけ、といってつまみ食いしながら食べ歩く僕。
結局、少しの量をたくさんの家庭で食べてお腹いっぱい。
船の上でまた苦しむ僕でした。

それもまた旅か。と、まだ旅を始めたばかりの未熟者ながらにそう思う。

ところで、貨物船の甲板席の様子を少し。

地元の人はさすがに船の甲板席に慣れていて、皆ゴザと枕持参。
食べ物も飲み物も皆しっかりと持ってきている。
そして、僕はというと、ゴザすら持ってきていない。
仕方なく最初は上着を甲板に敷いてその上に座っていた。

そんな僕をみかねてか、おじちゃんおばちゃん等がゴザに招き入れて食べ物まで分けてくれる。
いきなり目の前にお菓子の袋が飛んできたり、どこからともなくココナッツの実が飛んできたりする。
そういうある意味無愛想な接し方も、今はツバルらしいなと感じてしまう。
道ばたでバイクの後ろに乗っけてもらったときも、僕が礼を言う前にさらっとどっかに行ってしまったりするし。

慣れない貨物船の中、地元の人間に一人混じって寝食をともにする僕。
甲板には小さなゴキブリもたくさんいるし、トイレは沈みかけのタイタニックばりに水浸し。
時に地元の人と笑いあい、時に一人ゲロを吐きながら。

とてもとてもローカルな旅。
とてもとても暑い中、とてもとても温かい旅。

2011/2/18

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ツバル 〜10日目〜


いつも通り長い船移動の後、午前九時頃ヌイに到着。

行き当たりばったりの多いこの旅。
訪れる場所に対して予習不足なことが多々ある。
今回のヌイ島訪問に関しては、衝動的船旅だったため全く予習なし。

島に到着してから知ったのだけど、この島はキリバスからの移住者が多く、ツバル語ではなくキリバス語が話されていた。
だからこの島では、僕の名前もフィアフィアではなくククレイに改名された。
キリバス語で幸せという意味だ。

この島の子供達は僕のことをハッピー、ハッピーと呼ぶ。
たとえば、「happy, come here!」という感じに。
フィアフィアでもククレイでもハッピーでも意味は同じなのだろうが、なんとなくハッピーと呼ばれることだけには違和感を感じる僕でした。

ツバル、キリバスの習慣の一つとして、ココナッツの幹からジュースを作るというものがある。
そのジュースがヌイ島のものは、やたらとおいしかった。
実際に首都フナフチの人に聞いてみても、ヌイは使っている水が違うみたいで特別おいしいらしい。

そういえば、お土産代わりにいろんな国のいろんなビーチで、地元の子供らと貝殻を拾うのが僕の旅の習慣の一つになっている。

お金で買えないお土産をたくさん。

2011/2/19

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ツバル 〜11日目〜


今日は日曜日。

昨晩からの長い船旅の末、酔わないようにと目が覚めても必死で横になって眠る努力をしていたのだが、今日ばかりはそういうわけにはいかなかった。
おそらく午前十時頃、ゴザを共有していたおばちゃんに叩き起こされた。
船の上といえど、日曜は甲板でさえ教会になる。
大きく揺れる船の中、船員達が集まり賛美歌を歌う。
その歌声は決して悪いものではなかった。
けど、僕は体を起こして十五分ほど頑張ったが、結局頭が痛くなって横になった。

三日と聞いていた航海は最終的に五日かかった。
船で知り合いになった方々に別れを告げて、歩いてホームステイ先に。

改めて首都フナフチを歩くと、離島と比べて特にこの島は暑いと感じる。
離島の道はそれほど舗装されていなくただのの白い砂だったが、フナフチは島の端から端まで舗装された黒いアスファルトの道だ。
そのせいで余計に暑いのではないかと、勝手に想像する。

途中、船で知り合った人が車で僕を拾ってくれた。
家に帰ってみると、実は船の到着にあわせて家の人が船乗り場まで迎えにきてくれていたらしいが…
少し申し訳ないことをしてしまった。

この日の昼食は中華料理。
ツバル滞在中は、この家の料理が僕にとっては一番かもしれない。
久しぶりに何のためらいもなくお腹いっぱいご飯を食べた。

2011/2/20

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ツバル 〜12日目〜

朝、地元の小学校に。
タイワンの大使から子供達に何か贈り物があったらしく、お礼としてツバルのちびっ子らが伝統の踊りを披露していた。
かなり練習不足のようにも見えたが、日本の幼稚園のお遊戯会のようなものと思えば可愛いものだ。

毎日寝床の清掃と朝昼晩の食事さえいただいているので、今日はお昼ご飯の準備の手伝い。
といっても、ここにある材料で僕が作れるモノもそんなに思いつかないので、とりあえずお好み焼きを。

結果だけいうなら、見事に失敗。
明後日にでもまたリベンジを。

夕方からは地元のサッカーチームに混じって一緒にサッカーを。
アップ代わりになぜかラグビーをして、その後オールコートで練習試合。
基本的にツバル人は皆エアポートの舗装されたところでサッカーやラグビーやバレーをやっているのだが、今日はエアポート脇にある芝のグラウンドで。

今週は毎日夕方はサッカーの練習。
前回トンガで少し時間を持て余したので、今回はランニングシューズとサッカーボールをフィジーからもってきていた。

日が傾いてきた頃から星が出始めるまで球蹴り。
真っ暗になったら走り込み。
まるで中高の放課後の部活のような感じ。
さすがに僕は走り込みに参加する気力も体力もありませんでしたが。
またそれは後日にでも。

2011/2/21

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ツバル 〜14日目〜


前回、お好み焼きで失敗したので、今回は保険として焼きそばとお好み焼き。
野菜はキャベツとタマネギしか使ってませんが。
まぁまぁ、どちらともそれなりの結果でした。

今週の日課の夕方サッカー、今日は最後の走り込みまで参加。
夕暮れ後の走り込みは、中高時代の部活を思い出してなんだか懐かしい気持ちにさせてくれる。
おかげさまで筋肉痛の僕ですが。
明日は雨で練習休みにならないかな、なんて思うところも昔のままの僕です。

大人になろうが、人間本音はそんなに変わらないものだ。

そう思いつつ、僕は今の自分を大人と呼ぶべきなのかどうか、そんな線引きの難しさを感じました。

2011/2/23

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ツバル 〜15日目〜


ツバルでは毎週土曜、飛行場の側にあるグラウンドでサッカーの試合がある。
僕が練習に参加していたチームが午前中試合をするということだったので僕も応援に。

試合の途中、よっぱっらいがコートに乱入。
近くにいた警察官が取り押さえてどこかに連れていった。

ツバルはとても安全な国なのだが、時々酔っぱらいが小事件を起こす。

2011/2/26

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ツバル 〜19日目〜

ツバル最後の夜。
いつもよりも豪華なディナー。
夕食の後、泊めてもらったお礼に、家族皆(女性のみ)の髪をきった。

たったの三週間だったけど、本当に豊かな時間を過ごせた。

2011/2/28

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ツバル 〜20日目〜

午前の便でツバル発。
いろんな人に別れの挨拶。

また会うことがあるのか、一期一会の出逢いだったのか。
まぁ、そんなことはどうでもいいことか。
今ここで出会えた全てのものに感謝しよう。

空からみたツバルは相変わらず小さかった。

2011/3/1

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