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ツバル 〜2日目〜


朝、僕のサンダルがなくなっていた。
おそらく犬がくわえてどこかに持っていったのだろう。
フィジーでも同じようなことがよくあった。

朝食にパンを食べて、コーヒーを飲んだ。
昨日からまるで日本にいるような生活をしている。

どうして僕は日本での生活をあんなにも忙しく感じていたのだろう。
世界中どこで過ごそうが、一日の長さは同じはずなのに。
仕事をしていたとはいえ、それだけですむことではないような気がする。

裸足になって地球を歩くことで感じることがたくさん。
靴の感触でもなく、サンダルの感触でもなく。

ただ、さすがにフィジーよりもさらに赤道に近づいただけのことはある。
原っぱならまだしもアスファルトの道路となると、靴を履かないと歩くのも大変。
足の裏が溶けそう。

昼ご飯を食べた後、最近運動不足だったので島の先端から逆の先端まで走ることに。
だいたい12kmくらい。

中心部はそうでもないが、島の大部分は右を見ても左を見ても海。
そして、ずっと平らな道が続く。
さすがに今世紀半ばに沈む島と表現されているだけのことはある。

自分の足で走ったり歩いたりすると、本当の意味での島の広さがわかる気がする。

車を使うのとは違う、船を使うのとも違う。
きっとそれは、ずっと昔この島に生活していた人々が感じていた島の大きさ。

島の真ん中の方には、建設中の建物がいくつか。
島の誰かがビジネスのために建ててるホテルやレストラン、ツバルの離島から都会の生活を求めてやってきた人たちの新しい家。
そして、島の先端近くはゴミの山。
今一緒に住んでいる家の子供が、そこをゴミの街と呼んでいた。

自分の足で歩いて、そこに住む人々と直接話をすると、ツバルという国が、被害者であり加害者でもあるということがよくわかる。

ゴミ山についた時点で道は途切れてしまったので、海岸に沿って歩くことに。

先に歩いたラグーン側は穏やかな波がきれいな白い砂浜を形成していた。
けど、ぐるっとゴミ山を回って歩いた大海側は、荒々しい波が険しい海岸線を形成していた。

穏やかな人々の暮らしと、大きな波がこの島を襲ったらその日にでも人々が住むことができなくなるであろう危うさ。
そんな二つの顔をもつ島だ。

トンガで4キロも増えた体で一ヶ月ぶりの運動。
少し走りすぎた。

けどたった半日、自分の足を使って島を縦断したことでわかったことがたくさん。
いくら小さな島国だといっても、たくさんの価値観をもつ人々が生きてる。

ある人は本島以外のさらに田舎の島での生活を好み、またある人は便利なモノで溢れる都会の暮らしにあこがれる。

どちらの暮らしにも、有利な点、不利な点がある。
そのメリットをどれだけ愛せて、そのデメリットをどれだけ許せるか。
それがバランスよく存在する場所が、人それぞれの自分にふさわしい場所なのかもしれない。


2011/2/11